はじめに
最近、地震に関するニュースや「大地震が来るらしい」といった予言めいた話を耳にして、不安を感じ始めた方もいるのではないでしょうか。
防災って気になるけれど、これまで特に準備してこなかったし、正直どこから手をつければいいのかわからない――。
そんなあなたに、まず伝えたいことがあります。
備えるべきものはたくさんありますが、最も大切なのは、あなたが今住んでいる“家”が、地震であなたの命を守ってくれるかどうかです。
水や食料を備える前に、「地震が来たとき、自分の家が倒れないか?」という視点を持つこと。
それこそが、防災の第一歩なのです。
地震で本当に怖いのは「家の倒壊」
地震の備えと聞いて、真っ先に思い浮かぶのは「家具の固定」や「非常食の備蓄」かもしれません。もちろん、それらも大切です。
しかし、どれだけ備えがあっても、家そのものが倒壊してしまえばすべてが台無しになる――これは揺るがない事実です。
実際、これまでの大地震で命を落とした人の多くは、家具の下敷きではなく建物の倒壊による圧死や窒息が原因でした。
例えば、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では、自宅の全壊により最初の1時間で3842人が死亡しています。これは地震当日の死亡者の内の76%に当たります。
(「震度7 何が生死を分けたのか」NHKスペシャル取材班 KKベストセラーズ より)
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一方、熊本地震における直接的な犠牲者は50人でしたが、その内の38人(76%が)がやはり同様に倒壊家屋の下敷きになって命を落としています。(平成28年熊本地震による人的被害の特徴 牛山教授ら より)

家の中にいる時間が長い現代では、家そのものが“命を守る空間”であるべきです。
ですが、その家が地震の揺れに耐えられないとしたらどうでしょうか?
防災は「備えること」で命を守る行動ですが、そもそも命が守られなければ備えも何も意味がないのです。
あなたの家、大丈夫?耐震基準と耐震性能の違い
「うちは大丈夫。地震が来たって、なんとかなるでしょ」
そう思っていませんか?
でも、その“なんとか”の根拠は、どこにあるのでしょうか。
実は、多くの人が混同しているのが「耐震基準」と「耐震性能」という2つの言葉です。
この違いを理解していないと、「安全だと思っていた家が、実は危ない家だった」ということも起こりえます。
耐震基準とは?
耐震基準とは、建築基準法で定められた「このくらいの地震には耐えてほしい」という最低限のルールです。
特に重要なのが、1981年に大きく改正された「新耐震基準」と、2000年に強化された「2000年基準」の2つ。
- 1981年以前に建てられた家(旧耐震基準):震度6程度の地震でも倒壊の可能性が高い
- 1981年6月以降の建築確認の家(新耐震基準):震度6強〜7の地震でも倒壊しないことを目指して設計
- 2000年基準以降の家:構造的な弱点(筋交い・接合部など)に厳しいルールが追加され、より安全に
つまり、「いつ建てられたか」が、まず最初の重要ポイントなのです。
耐震性能とは?
一方、「耐震性能」とは、その建物が実際にどれだけの地震に耐えられるかという“実力値”のことです。
同じ「新耐震基準」を満たしていても、施工の質や材料、老朽化の進行度によって、耐震性能には大きな差が出ます。
また、住宅性能表示制度における「耐震等級1〜3」は、耐震性能を数値化したものです。
- 等級1:建築基準法の耐震基準を満たす最低限のレベル
- 等級2:等級1の1.25倍の地震力に耐える(学校・病院レベル)
- 等級3:等級1の1.5倍に耐える(消防署・警察署レベル)
ただし、「耐震等級3の家です」と謳っていても、設計図だけで評価された「設計等級」のこともあるので要注意です。
耐震基準を満足しないとなぜ危険なの?
これまで発生した代表的な地震で、耐震基準を満足していない家屋がどうなったか、数字で見てみましょう。
兵庫県南部地震における耐震基準ごとの倒壊率
例えば、1995年に発生した兵庫県南部地震においては、旧耐震基準で建設された木造建築物の倒壊率は新耐震基準のそれに比べ有意に高かったことが判明しています
- 旧耐震基準 18.9%
- 新耐震基準 7.7%
(平成7年阪神・淡路大震災建築震災調査委員会中間報告 より集計)
熊本地震における耐震基準ごとの倒壊率
また、2016年に発生した熊本地震においてもやはり同様に、旧耐震基準による建物の倒壊率が新耐震基準と比較して顕著に高いことがわかります。
- 旧耐震基準 28.2%
- 新耐震基準 8.7%
- 2000年耐震基準 2.2%
(国土交通省調査)
地震体験車の現場で感じた“無関心という怖さ”
私はかつて某自治体の防災課に勤務していた頃、地震体験車を使った防災イベントの案内役として、何百人もの人に震度7の揺れを体験してもらった経験があります。

体験が終わった後、多くの人は
「うわ、すごい揺れだった…」
「これじゃ、何もできないね」
などと青ざめ、真剣な顔で日頃の備えの大切さを理解してくれますが、中にはこんな言葉を笑いながら言う人がいるのです。(実話です)
「こんなに揺れたら家なんて潰れちゃうよね、もう仕方ないよね(笑)」
それも一人二人ではありません。
確かに震度7の揺れは強烈です。でも、家が潰れる=自分や家族が押し潰されて死ぬかもしれないという現実を、なぜそんなに軽く受け止められるのか。
私たちは、刃物、高所、危険運転をする自動車などには敏感です。
でも「家の倒壊」は、直接見たり経験したことがないせいか、あまり恐怖心を覚えず他人ごとに感じやすいのかもしれません。
けれど、だからこそ伝えたいのです。
家の下敷きになれば、当然とても痛く苦しく、助かる可能性は極めて低いです。
家屋の倒壊を防ぐ備えをすることは、あなた自身と家族を、もっとも確実に守る行動なのです。
でもどうすればいいの?今日できることから始めよう
家の倒壊が怖いのはわかった。でも、うちはもう建ってるし、どうしようもないよ……
確かに、住まいに関することは防災グッズの購入とは違い、時間もお金もかかります。
でも、“今すぐにできること”があるのをご存じでしょうか?
順に見ていきましょう。
ステップ1:家の築年数を確認しよう
最初に確認すべきは、「あなたの家がいつ建てられたか」です。
ポイントは「建てた年」ではなく、建築確認を受けた時期。
- 1981年5月以前の建物 → 旧耐震基準(震度6弱で倒壊の恐れあり)
- 1981年6月以降の建築確認 → 新耐震基準
- 2000年以降 → より強化された耐震設計(2000年基準)
登記簿、契約書、不動産の情報サイトなどで簡単に確認できます。
不安な場合は自治体の窓口で「建築年や図面の閲覧」ができる場合もあります。
ステップ2:自治体の「耐震診断」を利用しよう
多くの自治体では、無料または補助つきで専門家による耐震診断を実施しています。
対象になるのは主に1981年以前の木造住宅ですが、それ以降の建物でも希望すれば受けられることもあります。

「無料なら、とりあえず受けてみよう」くらいの気持ちで構いません。
家の状態を知るだけでも、あなたの防災レベルは大きく前進します。
ステップ3:調べた結果をもとに「次の一歩」を考える
診断結果が「倒壊の恐れあり」だった場合はショックかもしれません。
でも、それは命を守るチャンスを得たということでもあります。
選択肢としては次の3つが考えられます:
- 耐震補強工事
- 建替
- 引っ越し(物件選びの際は耐震性を重視)
建替や引っ越しは確かに根本解決だけど、ハードルがすごく高く感じるよ…
そうだよね、わかるよ。
でも診断結果が「倒壊の恐れあり」だった場合は、命を守るために具体的なアクションを起こすことが大事だよ。
比較的現実的なのは「耐震補強工事」じゃないかな。
耐震補強工事ってどういうもの?
耐震補強工事ってすごくお金がかかるんじゃないの?
そんな不安を抱える人は少なくありません。
確かに一部の補強は高額になることもありますが、内容や規模によっては意外と手が届く選択肢もあるのです。
ここでは、補強の種類と費用感、そして補助制度について簡単にご紹介します。
耐震補強工事の項目
家のどこをどう補強するかは、診断結果や建物の構造によって異なりますが、大まかに言うと基礎や壁、柱、屋根などを補強します。
例えば次のようなことをします:
- 劣化(腐れや蟻害)を直す
- 壁を強くする
- 壁の配置バランスを整える
- 柱と基礎を金物で固定する
- 基礎に鉄筋を入れて強くする
- 屋根の軽量化(重い瓦屋根を軽いスレートやガルバリウム鋼板に葺き替える)
- 2階の床面や屋根面を強くする
- 基礎のひび割れを直す
耐震補強工事の費用
気になるのは、やっぱり費用ですね。規模や築年数、劣化・損傷の度合いや補強する箇所・数量、工法などによって異なります。
小規模工事で済めば10万円前後、大掛かりな補強工事が必要になると300万~1,000万円ほどの費用が必要になりますが、既存住宅の耐震性能によって変動します。
ただし、多くの場合はお住いの市町村から補助金が出るので、相談してみるとよいでしょう。
対象や条件は自治体によって異なりますが、「1981年以前の木造住宅」には特に手厚い支援がある場合が多いです。
▶️例(東京都の場合)
- 木造住宅の耐震診断:無料
- 耐震補強設計:最大20万円補助
- 耐震改修工事:最大100万円以上の補助
まずは「(地名) 耐震 補助金」などで検索して、あなたの地域の制度を調べてみましょう。
見ればわかる!住宅の揺れ実験映像
でも、本当にそんなに簡単に家って倒れるの?
そういう人に是非見てもらいたい映像があります。
それは、防災科学技術研究所(NIED)が行っている実大三次元震動破壊実験(通称:E-ディフェンス)の加振実験動画です。
下の動画は、旧耐震基準の木造住宅と、耐震補強を施した住宅に振動を加えた比較実験の様子です。
耐震補強をしていない方の住宅がどうなるか、まずはごらんください。
耐震補強を施していない方の家屋はたちまち倒壊してしまいました。
中にいれば、もちろん逃げ出す暇などありません。
これと同じ状況が、阪神・淡路大震災を始めとする数多くの震災で繰り返されてきました。
建築基準法は、こうした震災を経て耐震基準を改正してきたのです。
地震の被害は、揺れそのものより建物の構造がどれだけそれに耐えられるかに大きく左右されます。それは即ち中の人の生死の境とも言えます。
まとめ:家の安全性を考えることは、命を守る最初の一歩
防災というと、非常食や水、懐中電灯の準備ばかりが注目されがちです。
けれど、どれだけ備えていても、家が倒れて住人が犠牲になってしまっては何にもなりません。
地震で本当に怖いのは、「家の倒壊によって命を奪われる」こと。
それは、非常に痛くて苦しくて、助かる確率も低い“最悪の結末”です。
だからこそ、防災の最初の一歩は、家の安全性を見直すことなのです。
難しく考える必要はありません。
今日できること――「築年数を確認する」「自治体の耐震診断を調べてみる」
たったそれだけでも、確実に一歩前進です。
「家が命を守る力を持っているか」
この問いかけこそが、あなたと家族を守る最大の備えになります。
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