2025年11月18日、大分市佐賀関で大規模な住宅火災が発生しました。まずは、被災された地域の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
あれくらいの規模の火災ならヘリで空中消火すればすぐに鎮火できるんじゃないの?どうしてやらないの?
はい、ごもっともな疑問です。昭和の時代から市街地火災に対する空中消火の有効性については検討されてきましたし、平成28年12月に発生した糸魚川市の大規模火災のときも同じ話題が出ました。
空中から散水すること自体は、もちろん技術的には可能です。しかし、実行にはいくつかの課題をクリアしなくてはなりません。
私は自衛隊の大型ヘリと、そして自治体防災ヘリの機長として数多くの林野火災に出場してきました。この記事では、“市街地火災の空中消火”にはどのような課題があるのかということについて解説したいと思います。
そもそも空中消火とは
まずはその前に、「空中消火」について説明しておきたいと思います。これは、ヘリコプターに吊り下げた消火機材(消火バケット)から大量の水を散水することで火勢を一気に叩き潰すことを狙いとした活動です。

この技術は林野火災を対象として発達してきました。山林では高所に送水することも、地上の消防隊のアクセスも困難だから、まさしく空中消火の出番というわけです。
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動きながら水を落とすので、命中させるには高い技術が必要です。風があれば落とした水が風に流されることも計算に入れなくてはなりません。
消火バケットに消火用水はどうやって入れるの?
火災現場付近のダム、河川、ため池などで汲んできます。近くに適当な水利がない場合は、消防隊から給水支援を受ける場合もあります。

市街地火災における空中消火の課題とは
課題は大きく分けて、次の3つがあります:
- 消火の効果・効率
水を空中から撒くこと自体はそう難しくはありませんが、「消火する」のは極めて困難です。 - 消防ヘリの制約
普通、夜間は活動しません。 - 地上に与えるリスク
散水の仕方を誤ると家屋を倒壊させたり、中に残っているかもしれない人に危害を与える恐れもあります。
ではこれら課題を順に説明していきます。
消火の効果・効率
先に述べた通り、空中消火は本来は林野火災のために設計された手法です。
市街地での火災に応用できるかと聞かれれば、やることは林野火災と同じなので散水するだけなら技術的には可能です。実際、平成15年9月8日にブリヂストン栃木工場で発生した大火災では、ヘリコプターからの空中消火活動が行われました。

写真出典:ブリジストンHP(企業情報)より
ただし、空中消火だけで「鎮圧」するかどうかは別問題です。
屋根と壁に阻まれて水が届かない
空中消火は上からしか散水できないため、屋根が残っていればこれに阻まれて水が届かないため建物内部の燃焼には効果がありません。ここが林野火災との違いです。
屋根が焼け落ちて火点が露出すれば多少は効果が期待できますが、まだ安心はできません。
散水が断続的で、かつ消火に必要な水量には程遠い
一般的な消防防災ヘリで一回で散水できる水量は500~1,000L程度です。
火勢を鎮圧するためには一点集中で水塊を投下するというのが最も効果的だと考えられますが、それをすると建物を破壊する恐れがあり、中に人がいた場合重大な事故に繋がります。
なので、速度と高度を調整して一点集中にならないように散水することになるのですが、これだと地上ではせいぜい「土砂降りの雨」くらいです。
これだけの散水をした直後は多少火勢が衰えたとしても、もう一度水を汲みに行って現場に帰って来るまで普通は何分かかかるので、その間に火勢はたちまち復活してしまいます。
このような「時々にわか雨」では、消火など望むべくもありません。つまり大変効率が悪く必要な水量に全く届かないのです。
それって林野火災でも同じじゃないの?
もちろん、林野火災も規模によっては同じ理屈で簡単には消火しない場合も結構あります。が、一般的な傾向として、林野は建物に比較して単位面積あたりの可燃物が少ないため、このやり方でもいずれは鎮圧に向かうのです。建物の場合は木材以外にも樹脂など発熱量の大きい燃料がたくさんありますからね。
消防ヘリの制約 夜間は活動しない
空中消火活動は障害物の多い低高度で行わないといけません。暗いところではこれら障害物が見えず危険なため、夜間は活動できません。
今回の佐賀関での火災は夕方に発生し、ピークが夜間となったことから、そういう意味でも消防防災ヘリによる空中消火活動は無理だったとも言えます。
ちなみに、平成23年3月に発生した東日本大震災では、仙台市の消防ヘリが夜間の空中消火を実施した実績はありますが、非常に稀で特別な事例という位置づけです。
出典:消防科学と情報_度肝を抜かれた東日本大震災(仙台市消防局警防部)
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市街地火災に対する空中消火の検討
実は、市街地火災に対する空中消火の検討は、今に始まったことではありません。昭和の時代から数多く研究されてきました。
特に、平成7年の阪神・淡路大震災を契機に、消防庁を中心として市街地火災に対する空中消火の必要性と有効性について、実機を使用した検証・研究が盛んに行われています。
出典:
- H10.3 市街地火災時の空中消火による延焼阻止効果に関する研究報告書
- H12.3 市街地火災時の空中消火による火災抑止効果研究報告書
- H13.1.26 市街地火災における空中消火技術
- H29.3 ヘリコプター空中散水による市街地火災時の延焼遅延効果に関する研究
そんなに昔から?で、研究結果は?
空中消火は全く役に立たないというわけでもないのですが、総じて言うと:
・直接消火は困難
・短時間の延焼阻止または抑止であれば可能
・ただし、連続的(理想的には1分以内)に散水を継続する必要あり
という結論でした。
林野火災では大活躍するヘリも、市街地火災では残念ながら消火の主力にはなり得ず、過大な期待はしない方が良さそうです。
市街地火災における空中消火の適用状況は?
ところで、これまで発生した市街地火災でヘリが消火活動を行った実績はあったのでしょうか。主なものについて紹介してみます。
H28年糸魚川大規模火災の場合
平成28年12月22日に新潟県糸魚川市で発生した大規模火災でも、やはりヘリによる空中消火が検討されました。が、空中消火を実施するためには地上消防隊を一旦退避させる必要があることなどから結果的には見送っています。
出典:糸魚川市大規模火災を踏まえた 今後の消防のあり方に関する検討会報告書(H29.5)
R6年輪島市大規模火災の場合
令和6年1月1日に発生した能登半島地震では、日が暮れてから輪島市で大規模な火災が発生しました。石川県からの空中消火の要請を受け、翌1月2日未明、消防防災ヘリ9機(!)が出動しましたが、朝7時半には火災は鎮圧していることに加え、防災ヘリによる上空からの情報収集結果を受け、空中消火は「必要なし」として実施されませんでした。
出典:輪島市大規模火災を踏まえた消防防災対策のあり方に関する検討会報告書(R6.7)
ただ、必要性や有効性にかかわらず、この火災は発生が夜間だったため空中消火はできなかったものと考えられます。
R7年佐賀関大規模火災の場合
令和7年11月18日に大分県佐賀関で発生した大規模火災では、防災ヘリと自衛隊が空中消火を行ったと発表していますが、これらヘリコプターが燃え盛る住宅に散水したかどうかは本稿執筆時点では確認できていません。報道映像を見る限り、散水は主に山林に向けて行われているようです。
地上に与えるリスク
市街地で建物内に誰もいなことを証明することは極めて困難
さっき、工場火災で空中消火の実績があるって言ったじゃない。じゃあ市街地火災でもできるんじゃないの?
そんな簡単には行きません。市街地、それも住宅の場合は林野や工場とは大きく異なり、建物内に誰もいないことを確認することがとても困難なことが大きな問題になります。
上で紹介したような工場の場合であれば、管理者は必ず従業員の点呼を取るはずです。同一敷地内であれば消防隊も活動中の隊員の状況は把握しやすいでしょう。
一方、市街地における大規模火災では、
- 住民の避難状況
- 行方不明者の有無
- 地上隊の活動位置
を的確に把握し、関係機関の間で完全に共有することは非常に困難です。混乱しやすい火災現場で「ここら一帯、建物内には取り残された住人も、活動中の隊員(消防団員)も絶対にいない」と100%言い切れません。
地上と無線で連携を取れば良いんじゃないの?
仮に避難状況が完璧に把握できたとして、無線でやり取りしたとしても、火災が発生した住宅密集地で、「何丁目何番地の誰それさん宅は大丈夫です」みたいに、情報を集約しつつ一軒一軒ピンポイントで状況を伝達し、上空からそれを把握するのは無理だと思います。
状況不明なまま空中から「本気で消火するつもりで」散水したら、下手をすると建物が倒壊したり、人が水塊の直撃を受けて怪我をするおそれがあります。
でも…所詮は水でしょ?そんなことあるの?
あります。実際にそれで事故が起こっているので、軽視できません。
空中消火活動中に発生した負傷事故
令和4年4月3日、岩手県の防災ヘリが林野火災対応のため空中消火活動を実施している最中、消火バケット(下図参照)から散水した約700Lという水塊が地上の消防団員1名を直撃しました。結果、この団員は胸椎及び腰椎骨折という重傷を負ったのです。
詳しくはこちら:事故調査報告書:消火活動中の航空機からの散水による人の負傷

事故発生時、ヘリの前進速度が4kt(約7km/h)、対地高度は100ft(約30m)程度とのことで、水が一点に集中する状況だったわけで、散水の仕方によってはその衝撃が無視できないほど危険であることを示す実例です。
落下する水の衝撃を弱くすることはできないの?
では落下する水の衝撃を緩和することはできるのでしょうか。
もちろんできます。ヘリの前進速度を速くすればいいのです。
下の写真は、速度を変化させたときの散水のもようです(画像出典:航空事故調査報告書AA2023-1)。

移動速度が速くなれば散水範囲が広くなり、霧状に散っていく様子がわかります。
では、高度についてはどうでしょうか。
下の写真は、散水の高度を変化させたときの様子です(画像出典:航空事故調査報告書AA2023-1)。

写真を見て分かる通り、速度が遅いときは多少高度を上下させたとしても水の落ち方に大きな違いはありません(※)。なので、空中消火でしばしば選定される写真のような高度であれば、前進速度を速くすることで散水範囲が広がり、結果、衝撃を緩和することができます。
が、そうすると散水の密度が低下するため消火の効果は低下するため、消火効率とのトレードオフになります。
※高度100m以上などもっと高くすればさすがに霧状になりますが、空中消火ではそんなに高くすることがない(的に当たらないから)ので、ここでは検討しません。
法的リスク:判断ミスは運航者の刑事責任につながる
物理的リスクの他、最近はもう一つの大きなリスクがあります。
それは、医療、教育、保育、介護福祉…あらゆる業界でおなじみの「訴訟のリスク」です。
こんな事例があります:
H25年12月1日、富士山9.5合目付近で登山中に滑落し、重傷を負っていた男性を静岡市の消防ヘリが救助しようとしていた際、要救助者を落下させ、結果、要救助者は死亡。
同機のクルーたちは極めて過酷で困難な状況でベストを尽くしたのですが、男性の遺族は「救助機関としての注意義務を怠った」などとして約9,200万円の損害賠償を求めて静岡市を提訴したのです。
そのニュースを見たとき、私たち(航空隊員)はその過酷さに驚愕し戦慄したものです。
なお、裁判においては「被告に通常許されない過失があったとは認められない」などとして、原告らの請求は棄却されました。
要救助者も遺族も確かに気の毒ですが、色々考えさせられる事例です。いまや救助現場も、首尾よく完結するか、さもなくば訴訟という時代になりました。
まとめ:自衛隊大型ヘリと防災ヘリで空中消火を行ってきた立場での見解
これまで経験から言うと、もし私が機長として住宅火災で空中消火、それも本気で鎮火を目指すための支援を求められたら、効率、安全性、法的責任の観点からは、内部に誰もいないという完全な保証が得られない限りは引き受けないでしょう。
何人かの消防防災ヘリのパイロットたちにも聞いてみましたが、全員同じ意見です。
特に、空中消火は、元々は地上の消防隊が手の届かない山林の火災を叩き潰すことを目的に設計された技法です。そんな空中消火を市街地火災に応用するには、次のような課題をクリアしなくてはなりません。
- 地上からの放水に比べて効率が悪い(延焼の時間稼ぎ程度)ため、「消火」は無理
- 夜間は活動できない
- 住宅の場合は建物内部に人がいないことを証明することが困難
- 本気で散水すれば水塊の衝撃による建物破壊+訴訟のリスク
実行するとしても、数多くの研究結果が示す通り、空中消火による「直接消火」は望むべくもなく、よって市街地火災の主力になることは無いでしょう。
実行は、地上消防隊が水利が確保できないとか、圧倒的に消防力が不足していてどうしようもないなどの条件が重なった場合に限定されるのではないでしょうか。


















