基本知識

救助ヘリ5機関の違いと限界―現場の現実が教えてくれる自助のヒント

はじめに

天気が悪いときは消防防災ヘリは飛べないって言ってたよね。
防災ヘリの現場から【第2部】助けが来るとは限らない─消防防災ヘリ出動条件と4つの限界
そういうときって、警察や、自衛隊とか海上保安庁にお願いすれば来てくれるのかな?

どの機関も同じ空を共有している以上、共通の制約を受けるから、他の機関にお願いしたとしても飛べないときは飛べませんね。
また、それぞれの役割・任務も違うため簡単に代替するってわけにもいかないのです。

よくわかんないよ。
何が同じで、何が違うの?

では、ヘリコプターで人命救助をする国内の5種類の機関の任務の違いと、共通の制約について解説しますね。

この記事を通じ救助ヘリの仕組みと限界を知って、どう備えるかというヒントを得ていただければと思います。

私たちにできるのは、「ヘリが来られない時間をどう過ごすか」を考えておくこと。救助の現実を知ることは、自分の命を守る力を育てることにつながります。

なぜ“飛べない”ことがあるのか ― 気象条件の共通の壁

最初に結論を申し上げます。
救助ヘリは全て、有視界飛行方式(VFR)で運航されています。

VFRとは要するに目視で飛行する方式です。この方式で飛行する場合、法律により飛行中に雲に入ることが禁止され、かつ一定の視程(空気の透明度)を維持しなくてはなりません。

だから、雨や雪などで視程が悪かったり、雲が低かったりすれば、どの機関であっても飛行が制限されます。同じ空の条件のもとで、すべての機関が法令を遵守し事故を防止しようと思えばだいたい同じ判断になります。

旅客機は雲の中を飛行することがあるよね、あれはどういう仕組なの?
なぜ救助ヘリがだめで旅客機は良いの?

旅客機の飛行方式は「計器飛行方式」(IFR)っていいます。飛行場間の決まったルートを管制官の指示に従いながら飛行する方式で、これなら悪天候中でも飛行できますが、設定される高度もヘリが普段飛行しないくらいの高い高度であり、しかも寄り道などの自由が効きません。
VFRが一般道を走る自動車とすれば、IFRは新幹線みたいなものです。
そんなわけで救助とIFRは両立しないのです。

だから「ドクターヘリがダメなら消防ヘリ」「消防がダメなら自衛隊」という単純な代替は成立しない場合が多いのです。

じゃあ気象に対する判断は必ず一致するの?

機関ごとに法令に加えて最低気象条件を内規で定めている場合があるので、絶対に一致するとは限りません。例えば風速制限や波高(洋上救出の場合)などは法令では規定していませんが、事故防止のために規定している機関はあります。更に、気象以外では現場の標高に自ら制約を課している航空隊もあります。

どうして標高が関係あるの?

高高度ではヘリコプターの性能が低下します。また、高標高地特有の気流などもあり救助の難易度が高くなるため、二次災害防止の観点から「○m以上での捜索救助は対応しない」と自ら定めている航空隊もあるのです。

空からの救助を担う5種類の組織とそれぞれの任務の違い

次に救助任務を行う5種類の機関について、その違いを見てみましょう。

日本には、救助活動を行うヘリコプターが複数の機関に数多く配備されています。
代表的な5種類の組織を挙げると、ドクターヘリ、消防防災ヘリ、警察ヘリ、航空自衛隊、それに海上保安庁で、それらの違いをまとめると下表のとおりです。

区  分主な任務通報先出動主体
ドクターヘリ救命処置(医師同乗)、救急搬送119番各地域の基地病院
消防防災ヘリ救助・消火・物資輸送他119番都道府県・政令市
警察ヘリ災害対応、警備実施他110番各都道府県警察航空隊
航空自衛隊救難隊航空機事故・災害派遣・急患搬送災害派遣要請自衛隊
(航空救難団等)
海上保安庁ヘリ海難救助・監視118番各管区海上保安本部

次に、それぞれの特徴や任務の内容についてもう少し掘り下げてみます。

ドクターヘリ

ドクターヘリは傷病者搬送を行うためのヘリコプターですが、むしろ医師を現場に搬送し早期に治療を開始することに主眼が置かれます。

ドクターヘリ
全国の基地病院に配備されるドクターヘリの運航は全てVFR

119番通報を受けた消防本部の通信指令室で、ドクターヘリの出場用件に合致すると判断すれば出場を要請します。こちらも消防防災ヘリと同じで、通報者自らがドクターヘリを呼ぶことはありません。

多くの場合、ヘリは「基地病院」に専用に設けられた離着陸場で待機し、事案が発生した現場付近の「ランデブーポイント」(公園、グラウンド、河川敷など患者収容のために設定された離着陸場所)に駆けつけます。したがって運航は必ずVFRです。

ランデブーポイントで救急車から傷病者を引き継ぐドクターヘリ
ランデブーポイントで救急車から傷病者を引き継ぐドクターヘリ。こうした飛行場以外の場所での離着陸が日常のドクターヘリの運航はVFR(有視界飛行方式)でなければ成立しない

また、夜間運航は行いません。それができるようになるには無数の課題がありますが、主なものは次のとおりです:

  • 24時間運航をするために必要な交代要員(パイロットや整備士)の確保が困難
  • ドクターヘリが必要となるような医療過疎地は普通は山間地にあり、そのような地形を暗夜に飛行すること自体が危険
  • 夜間の場外離着陸のための支援体制(照明設備)整備が困難

消防防災ヘリ

都道府県や、政令指定都市の消防局が運航しています。任務は基本的には各種災害対応。例えば救急搬送、捜索救助、空中消火、緊急支援物資空輸、災害発生時の被害状況偵察など多岐にわたります。

消防防災ヘリは都道府県や、政令指定都市の消防局が運航する
政令市の消防局の運航する消防ヘリの例

普通は119番通報を受けた消防本部がヘリの出場の必要性を判断し、要請します。

活動の現場は山岳地や河川などが主で、ホイスト救助や空中消火など任務の特性上地面や障害物に近いところ(非常に低いところ)を飛行することが多く飛行方式は必ずVFRです。

林野火災対応のため空中消火を行う防災ヘリ 地面や障害物に近い低高度での活動が多いため、目視による外景の確認が必須。

また、ドクターヘリと同様、人材確保、運航経費、勤務時間及び支援体制などの制約により、夜間運航は行っていないか、実施するにしても飛行場間の急患空輸など任務は限定的です。

都道府県警察ヘリ

災害その他の場合における警備実施を行うほか、警ら(パトロール)、遭難者の捜索救助その他の警察業務の支援を行うことを任務として、全国の都道府県警察本部に配備されています。

消防防災ヘリと同様、救助をする場合は低いところを飛行しますし、その他警らや警備でも基本は有視界飛行方式(VFR)です。

夜間の運航については、災害対応のための基地間移動や警らなど任務は限定的です。

自衛隊

陸・海・空の3自衛隊のどれもヘリコプターを運航していますが、救助を専門とするヘリコプターを有しているのは航空自衛隊で、航空救難団がその任務を負っています(※)。

※海上自衛隊では岩国の第71航空隊が救難飛行艇US-2を運用し海難事故に対応していますが、本記事ではヘリコプターに焦点を当てて説明します。

航空救難団は、全国に10個の救難隊を有しており、その元々の任務は自衛隊の航空機に事故が発生したり撃墜された場合に、その搭乗員の捜索救助を行うこと。UH-60Jを使用しています。

航空自衛隊航空救難団のUH-60J
航空自衛隊航空救難団のUH-60J

また、4個あるヘリコプター空輸隊ではCH-47Jを使って各地にあるレーダーサイトなど飛行場のない基地への端末輸送も行っています。

これら部隊は、都道府県知事や海上保安庁長官などの要請を受け、捜索救助、急患空輸物資空輸、空中消火などの災害派遣に出動します。

自衛隊のヘリがこれら活動を行う場合は、他の機関と同様、基本的にはVFRで行うため天候に関わる制約は変わりません

夜間運航は洋上救出や急患空輸に対応していますが、夜間の山岳捜索救助は行いません。

夜間洋上救助ができるのに、どうして夜間の山岳救助はできないの?

洋上は周囲に障害物がないのが大きな特徴です(救助対象が船舶の場合は船舶が障害物になるが)。それでも様々な危険を伴う非常に困難な活動なので、進入とホバリングは自動操縦装置を使う決まりになっています。
一方、山岳地は地形、樹木、送電線など障害物は無数にあるけれども、それらが見えず、そもそも現場に進入することすら出来ません。だから暗夜の山岳救助は誰も出来ないのです。

海上保安庁

海上保安庁は、諸外国で言うところの「沿岸警備隊(Coast Guard)」に相当し、その任務は治安の確保、領海警備、海難救助、災害対策などこちらも多岐にわたります。その名が示す通り、活動の舞台は海(主に沿岸)です。だから山岳地の捜索救助は行いません。

使用する機材の主力は船舶ですが、これらの活動を支えるため飛行機とヘリコプターも多数保有しています。

これらヘリコプターを使用し、例えば転覆・衝突など事故が発生した船舶の乗員の救助、船内で発生した傷病者の救助・救急搬送を行います。

救助訓練を行う海上保安庁のヘリ
救助訓練を行う海上保安庁のヘリ

自衛隊と同様、夜間の洋上救出や急患空輸に対応します。

航空自衛隊救難隊の役割と「最後の砦」という現実

航空自衛隊の救難隊は、基本的には都道府県知事や海上保安庁長官など「災害派遣要請権者」から正式な災害派遣要請があって出動する仕組みになっています。
この仕組み上、一般的には「最後の砦」と呼ばれています。

特によくあるパターンは、離島からの夜間急患輸送です。
ここまで述べてきた通り、ドクターヘリや消防防災ヘリは、(一部の例外を除き)夜間運航は行っていません。このように他の機関が夜間に飛行できない場合でも、災害派遣の枠組みで航空自衛隊が離島から本土の医療機関へ急患を空輸することはしばしば行われています。

また、海上保安庁のヘリでは対応できないくらいの遠洋における海難事案では、海上保安庁からの要請に基づき航空自衛隊が災害派遣として出動するケースも時々あります。

詳細はこちらをご覧ください:航空救難団 任務実績(航空救難団HP)

したがって、これらのケースにおいては航空救難団が「最後の砦」として十分機能していることが分かりますが、先に述べた通り、悪天候や夜間の山岳救助に対する制約については他の機関と同じである点には注意が必要です。

まとめ:空の限界が教えてくれる“備え”の本質

どの救助ヘリも、危険を承知で空へ向かいます。
それでも、気象や地形、夜間といった条件が重なると、救助活動ができないことがあります。

だからこそ、私たちにできることは「ヘリが来られない時間をどう生き延びるか」を考えること。例えば登山届の提出や位置情報の共有、天候判断と撤退の勇気、非常食やビバーク装備の準備など、“救助を待つ力”こそが自助の第一歩です。

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ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。震災や林野火災など多数の災害派遣に出動。|その後、消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として10年以上にわたり山岳救助や空中消火活動に従事。|次いで2年間、地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。|現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。|【保有資格】防災士・事業用操縦士(回転翼機+飛行機)・航空無線通信士・乙種第4類危険物取扱者・他| ■記事に登場する「わからんこ」や「ちびもげら」って誰? ■キャラクター紹介はこちら