消防防災ヘリ

ホイスト救助ってどんな仕組み?――ヘリから吊るされる“空のレスキュー”をやさしく解説

ニュースで見る「ヘリから吊るされた救助」、あれってどうなってるの?

さっき、テレビのニュースで「ヘリから吊るされたロープによって救出されました」って言っていたけど、あれってどうなってるの?

あれはホイスト救助っていいます。そしてロープではなくて、鋼製のワイヤーケーブルですね。私も消防防災ヘリの機長として数え切れないくらいホイスト救助を行ってきました。


今回は、防災や登山の初心者でもイメージしやすいように、ホイスト救助の仕組みと実際の現場での工夫、そしてその危険性まで、やさしく解説していきます。

そもそもホイストって何?

「ホイスト(Hoist)」とはつまり「巻き上げ機」。要するに電動ウインチです
電気モーターとドラム、鋼製のケーブル、フックで構成されます。

これでケーブルを繰り出し、隊員や要救助者を吊り上げる仕組みで、救助現場では大活躍します。先端には開閉ゲートの付いたフックが付いています。

ホイストの例

ホイスト救助とは?本来は“最後の手段”

救助といえば確かにホイストですが、実際は“最後の手段”

ホイストを使うのはホバリングしているとき。ホバリングは後で述べるように結構危険な状態なのです。だからヘリで要救助者を収容するのに最も安全で確実な方法は、やはり着陸です。
ホイストは、たとえば、崖の中腹・深い谷・高木の立ち並ぶ急斜面・海上・ビル屋上など、着陸できる場所がないときに、やむを得ず行う方法

隊員はどうやって降下・救助するのか

ホイスト救助は、一人の隊員だけで完結するものではありません。
ヘリのパイロット、ホイストオペレーター(操作員)、そして降下員(救助隊員)のチームプレーで成り立ちます。

救助の手順は大まかに言うと次のような流れです。

  1. ヘリが現場上空に到着し、ホバリング(空中で静止)
  2. 降下員がケーブルで地上へ降下
  3. ヘリは一旦離脱
  4. 降下員が要救助者に救助器具を装着
  5. ヘリが再進入しホバリングしホイストのフックを下ろす
  6. 降下員はホイストフックを自分と要救助者の救助資器材に装着
  7. ホイスト巻き上げ開始→要救助者と降下員を機内に収容
  8. ヘリは現場を離脱→病院など要救助者の引き継ぎ先へ

消防防災ヘリの降下員や装備品については、こちらの記事で詳しく紹介しています:
防災航空隊の主要装備-岐阜県公式HP

なお、地上に展開した降下員とヘリの間は無線機で通信を行います。
エンジン音やダウンウォッシュ(吹き下ろし風)の音が大きいため、声は全く届きません。

あわせて読みたい:
ダウンウォッシュとは?―ヘリコプターの下で起きている“見えない嵐”を解説

ホイスト救助の実際――精密な操縦と緊密な連携が命綱

ホイスト救助は、傍目には一見穏やかに見えても、実は極めて繊細な作業です。

ホバリング中はヘリを直径0.5〜1メートル以内というわずかな範囲に留めておくよう、操縦士による精密なホバリング技術とホイストオペレーターとの緊密な連携が求められます。

また、救助現場ではしばしば立木や岸壁などの障害物から近いところでホバリングをするため、ほんの一瞬の油断が事故に直結するリスクのある活動でもあります。

実際、国内でもホイスト救助中の事故は複数件発生しています。
航空事故調査報告書 AA2012-2-2-JA31TM
航空事故調査報告書 AA2011-7-1-JA96GF

ホイスト救助ってどれくらいの時間がかかるもの?

ホイスト救助ってすごく素早く行われる印象があるけど、実際のところどうなの?

実際はそうでもありません。救助に要する時間は現場の環境や要救助者の人数と状態に大きく依存しますが、普通は最初の現場進入から離脱まで10~20分位かかります。

そんなに長い時間ホバリングしてるの?

そうではなく、最初に進入したらまず降下員を降下させて、多くの場合ヘリは一旦離脱します。
降下員が要救助者に救助器具を装着させた後再度進入し、降下員と要救助者を収容するまでで10~20分というわけです。

だから、着陸して収容するよりも時間がかかるのです。

また、強風下では乱気流が発生して機体が不安定になるため作業時間も長くなります。

さらに、降下員の降下する位置が背の高い立木に囲まれているような場所、急傾斜地や、深い谷などはホバリング高度が自ずと高くなるためその分ケーブルを長く繰り出さねばならず、ヘリから「的(まと)」(降下位置)が遠くなるので困難さも増して作業時間がより長くなります。

谷が深い場所や急傾斜地では、自ずとホバリング高度を高くせざるを得ない

あまり知られていないホイスト救助の危険性とは

先程、ホバリングの危険性について「障害物に近い」ということを述べました。この点については多くの人も理解しやすいかと思います。

しかし実はもう一つ、一般の人々が知らないホイスト救助の危険性があるのです。
それは、―人を吊り下げている間、ヘリは身動きが取れないということ。

ホイスト救助を行う消防ヘリ
ホイスト救助を行う消防ヘリ。人が吊り下げられた状態は身動きができない危険な時間帯。

どうしてそれが危険なの?

緊急離脱」ができないからです。
または、緊急離脱をするために状況によってはホイストケーブルを切断しなくてはならないからです。

どういうことか。

実はあまり知られていませんが、ホバリングはヘリにとっては非常に大きなパワーが必要な飛行状態です。
消防防災ヘリは基本的には双発(エンジンが2基装備されている)ですが、もし片方が停止したらホバリングはほぼ不可能です。(よほど軽ければひょっとしたら多少はできるかもしれませんが、多くの場合は無理です)

ではどうするかというと、万一ホバリング中に片発が停止するようなことがあれば、操縦士は直ちに前進しながら速度を付けます。その方がパワーが少なくて済むからです。

ホバリング中のエンジン故障対処

でもこれは何も吊り下げていない時の話。

人を吊り下げたままではこの「緊急離脱」ができません。

人を吊り下げているとき、ヘリは動き回ることができない

緊急離脱をしなければ、降下員もろとも墜落です。
それを避けるためにはホイストのケーブルを切断して緊急離脱をすることになります(ホイストにはケーブルカッター(緊急切断装置)が装備されています)。

大変シビアな話ですが、ホイスト救助中のヘリの搭乗員と降下員はこうした危険に身を晒しているということです。

えぇぇ…?
エンジンって、そんなに頻繁に止まるものなの?

いいえ、めったに停止するものではありませんが、万が一停止したり、あるいは急激な出力低下が発生した場合は重大な事故に直結する可能性があるので、気にかけておくのです。だから、そうした危険にさらされている時間を少しでも短くする=みんなで協力してホバリング時間を短縮するというリスク管理の仕方をします。

ふーん、そうなんだ
ところで「前進するとパワーが少なくて済む」ってどういうこと?
自転車だとスピードを出すほど大変だよね

難しい話は省略しますが、ホバリングって人間で言ってみれば、立ち泳ぎと一緒なんですね。でも平泳ぎだったらどうでしょう。立ち泳ぎよりは楽でしょう?そういう感じです。

こうした事情があるため、ホイスト救助の時間は、搭乗員全員にとって「もっとも緊張が張り詰めた時間帯」なのです。

もし自分が救助されることになったら

ホイスト救助の知識は、自分が助けられる側になったときにも役立ちます
もちろん、そうならないのが最も良いのですが、あなたを救助しに来た搭乗員たちは、上に述べたようなリスクの中で任務を果たそうと頑張っているのです。

ですから、少しでも救助活動が円滑に進むよう、次の点に留意してもらえればと思います。

  • 隊員が近づくまではむやみに動かない
  • 搭乗員や降下員の手信号など指示に従う
  • ザック、ストック、手荷物などは指示があればそのまま捨て置く

あわせて読みたい:
山で遭難したら?ヘリコプターに救助されやすくするための工夫とは

命をつなぐ“最後の手段”を知ることの意味

ホイスト救助は、ヘリが着陸できないような過酷な現場で使われる最後の手段
しかし、それによって助かる命も確かにあります。

こうした任務の背後には、命を懸けて活動する搭乗員たちの覚悟があります。
その現実を知ることは、“恐れるため”ではなく、“敬意を持って備えるため”。

この仕組みを知ることは、「もしものとき」に備えることでもあります。
登山者にとっては、自分の行動計画を見直すきっかけにもなるでしょう。

「救助されないための備え」こそ、最良の防災です。

ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。震災や林野火災など多数の災害派遣に出動。|その後、消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として10年以上にわたり山岳救助や空中消火活動に従事。|次いで2年間、地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。|現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。|【保有資格】防災士・事業用操縦士(回転翼機+飛行機)・航空無線通信士・乙種第4類危険物取扱者・他| ■記事に登場する「わからんこ」や「ちびもげら」って誰? ■キャラクター紹介はこちら
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