消防防災ヘリ

山で遭難したら?ヘリコプターに救助されやすくするための工夫とは

救助の現場 担架吊り上げ

はじめに

山で道に迷ったりケガで動けなくなったときは、助けを呼べばヘリが来てくれるんだよね?待ってる間や、救助されるときに注意することってあるのかな?

あります。例えばヘリがすぐ到着できない場合もあるので、その間の「待ち方」次第で救助が遅れ、生死を分けることがあります。その他にも、「救助されやすくする」工夫もあるので、知っておくと良いですね。

私は防災ヘリで数多くの山岳救助に関わってきましたが、その中で、様々な理由により救助が遅れたり、要救助者が怪我をするケースを見聞きしてきました。

この記事では、山で遭難した際に「スムースに救助してもらえるための工夫」について、現場の経験をもとに解説します。

ヘリコプター救助は「すぐ来る」とは限らない

まず把握しておいていただきたいのは、ヘリがすぐ来るとは限らないということです。

119番通報を受けてから救急車が現場に到着するまでに要する時間の全国平均は約10分とされています(令和6年版 救急・救助の現状:総務省消防庁)が、ヘリコプターの場合はそうは行かない事情があるのです。

どうして?ヘリは救急車よりもずっと速く移動できるじゃない?

移動速度の問題ではないのです。

119番通報をするとまずは消防につながるのですが、そこでヘリが必要と判断すれば、消防本部が防災ヘリの要請をします。詳しくはこちらの記事を御覧ください:
防災ヘリの現場から【第2部】助けが来るとは限らない─消防防災ヘリ出動条件と4つの限界

防災航空隊が消防本部からの要請を受けると、事案の内容や場所の確認などの聞き取りを行います。このとき要救助者を収容した後の搬送先の調整をし、並行して現地の天候確認、重量重心計算、燃料計算、全体行程の組み立て、出場前のブリーフィング(搭乗員による打ち合わせ)などなど、搭乗員が待機室を出るまでにやるべきことは山のようにあります。

ヘリに乗り込んでからもまだあります。

ヘリは救急車のように乗り込んでエンジンかけて即出発!というわけにはいきません。離陸前の点検があるからです。機種やその他状況にもよりますが、乗り込んでから離陸まで5~10分程度を要するのが普通です。

さらに、要救助者の場所が判然としないとか、家族通報による行方不明者の捜索などは出発前に捜索範囲を定めたりするのに時間を要することになります。

また、夜間(日没~日の出)はヘリによる救助活動を行わないのが普通なので、日没間際に救助要請をしても普通は離陸は翌朝です。

このように、離陸まではたくさんの準備があったり、運航時間帯の制限があるから「通報」即「離陸」ってわけにはいかないのですね。事案によっては119番通報をしてから現場到着まで数時間という例も十分あり得ます

あわせて読みたい:
山岳救助Q&A|防災ヘリのプロが徹底解説!

救助の要請方法

次に、救助の要請をする場合の具体的な手順について見てみましょう。

山で救助を要請するときは、「可能な限り」上空が開けたところで、かつ落石や滑落など二次災害の危険のない場所に移動し、119番に通報してください。その後はむやみに動き回ることなくじっと待っていてください。

上がこれくらい開けていればヘリからも十分発見可能
上がこれくらい開けていればヘリからも十分発見可能

もちろん、怪我をして動けない場合は動く必要はありません。今いる場所から通報してください。

このとき、通信指令室の指令員が順序立てて質問するので、興奮していても決して一方的に喋らず、通信指令員の質問に落ち着いて答えるのが、最も早く助かる近道です

通信指令員の質問に的確に答えることが早く助かるためにはとても重要

なお、スマホで119、110、118などの緊急通報に発信すると、各地に設置された基地局による情報か、またはスマホに内蔵されたGPSによって測位された位置情報が自動で発信され(端末の設定で位置情報を有効にしている場合)、通信指令室の地図上に表示される仕組みになっています。

携帯電話基地局
携帯電話基地局の例

しかし、だからといってシステムも万能ではありませんから、「〇〇山頂休憩所」や「〇〇登山口から山頂に向けて30分ほど登った辺り」など概略の場所を併せて伝達することがより確実です。

また、上空が木々に覆われていて見えないのであればそのことを指令員に伝えておきましょう。「要救助者は上空から見えない場所にいる」というのも重要な情報です。

このような環境では上空からの発見は極めて困難
このような環境では上空からの発見は極めて困難

救助要請をした後の注意事項

道に迷った人はパニックになって動き回ることがありますが、これをやると、発見が遅れます。なぜなら一度捜索したところは「捜索済み」として扱うため、「行き違い」になってしまうからです。

道に迷った人はパニックになって動き回る

むやみに動き回れば体力を消耗することになります。だから救助を信じてじっと待ちましょう。

ヘリに発見してもらうための「合図」の出し方

ヘリが近づいてきたら、大きく手を振ってください。その他タオルや上着を振るのも良いです。そうすることで自分が要救助者、すなわち捜索対象であることを知らせることができるからです。

ヘリが近づいてきたら、大きく手を振ってください
ヘリが近づいてきたら、大きく手を振って自分が捜索対象であることをアピール

もし立木に覆われていて上空から見えにくいと思われる場合は、ライトを点滅させたり手近な木を揺するというのも一つの方法です。

したがって、山行には明るい色の服装を心がけるとともに、ヘッドランプを携行しておくと役立ちますね。

なお、火を燃やして狼煙を上げるという方法は、山火事の危険があるのでお勧めはしません。

ヘリに発見された後の注意点

さあ、ようやくヘリのクルーがあなたを発見してくれたようで、こちらへ近づいてきました。

が、ここでお願い(注意事項)があります。

ダウンウォッシュ(吹き下ろし風)の危険

それは、ヘリがホバリング(空中停止)すると、ダウンウォッシュといって吹き下ろしの強い風が吹き荒れることです。そのため…

  • 強風→バランスを崩さないよう姿勢を低くしてください
  • 荷物・帽子などを飛ばされないように手で抑えていてください
  • 木の枝、石、砂が飛んでくるかもしれません。周囲に注意していてください。

普通ヘリは要救助者にできるだけダウンウォッシュが当たらないよう、少し離れた場所にホバリングして救助員を降下させるなどヘリの方で色々工夫します。

が、場所や状況によってはそうは行かないときもあるので、できるだけ気をつけてもらえればと思います。

あわせて読みたい:
ダウンウォッシュとは?―ヘリコプターの下で起きている“見えない嵐”を解説

救助隊員の指示に従う

むやみにヘリに接近しない

まず私の経験を紹介します。

ある低山で足を怪我した登山者の救助に出場したときのこと。
事前の通報通りの場所に要救助者と同行者を発見したのですが、彼らにダウンウォッシュを当てたくないため意図して彼から50mほど離れた場所でホバリングし救助員を降下させようとしたときでした。

要救助者とその同行者は気を利かせたつもりでしょう、何と同行者は足を怪我した要救助者に肩を貸して「えっちらおっちら」と山道をこちらへ近づいてくるではありませんか。キャビンクルーは「そこで待て」の手信号をするのですが全く通じません。私はやむを得ず一旦離脱し、更に離れた場所に再進入、ホバリングしたところ、また追いかけてくる。クルーから必死に「そこで待て」の手信号を送りようやく意図を理解してくれたのですが、あれには困りました。

このようにクルーから「今は近づくな」の合図を出すことがあるため、ヘリとクルーをよく見てその指示に従ってもらえるとスムースに進みます。

救助員の指示をよく聞く

ホイストで吊り上げ救助をするときは、必ず「救助器具」を装着してもらいます。救助器具は救助員が装着してくれますが、この際救助員から「ここをしっかり握っていてください、離しちゃ駄目ですよ」などの簡単な指示があるはずですが、これらの指示は安全に直接関わるものですから、よく聞いて言われたとおりにしてください。

あわせて読みたい:
ホイスト救助ってどんな仕組み?――ヘリから吊るされる“空のレスキュー”をやさしく解説

過去、救助のため吊り上げの最中に要救助者が「カラビナ」(開閉できるゲートの付いた金属製のリング)に指を挟まれ大怪我をした例がありました。吊り上げられた瞬間、救助員から予め「握っていてください」と言われたところから思わず手離し、救助員を支えるカラビナの間に指を入れてしまったというものです。

写真出典:奈良県消防防災ヘリコプター航空機事故調査報告書についてより

上の写真では指の状態が不鮮明なので、下の写真でカラビナに指が挟まった状態を再現してみました。
分かりやすさを優先しているので、事故発生時の状態とは多少異なりますが、ここに指を入れれば危険だということがおわかりいただけるかと思います。

カラビナに指が挟まった状態
カラビナに指が挟まった状態(実際の状態を正確に表したものではないことに注意)

ここに至るには色々な原因があったわけですが、詳しくお知りになりたい方はこちらをどうぞ:
航空事故調査報告書 AA2015-4-1-JA20NA

ただ、こうした事故は極めて稀であり、指示に従っている限り普通は何事もなく安全に救助されるのでどうぞご心配なく。

機内への乗り込みは身を任せる

また、救助器具を装着し、ホイストで吊り上げられることになりますが、ヘリへの乗り込みについては自分から乗り込もうとしないで、救助員の指示・案内に身を任せてください。人形のように完全に脱力することはありませんが、あくまでも自然体で任せておくのがスムースに救助される「コツ」です。

もしヘリが来なかったら?

天気が悪かったり、日が暮れたりすればその日はヘリは来ません。
こればかりはどうしようもできないのです。
だから天気が回復するか、翌朝まで待つことも想定しましょう。

また、こうした場合は(通信圏内に限りますが)救助機関と何度も電話をしたり、家族と通信をするためスマホの電池の消耗も激しくなります。こういう状況での通信は命綱ですから、電池の消耗を極力抑えるよう、スマホの使用は最小限度にすることが重要です。

それに、山の夜は冷え込むことが多いです。また、雨が降るかも知れません。怪我をして体力を失っていれば低体温症の危険も増加するでしょう。体温を失わないようにする工夫も必要になります。

夜の山中は冷え込むことが多い
夜の山中は冷え込むことが多い。遭難したときのことも考えて持ち物を準備しよう。

遭難前にできる準備が“準備”を変える

遭難しないように備えるのも重要ですが、ここまで見てきたとおり、遭難したときの準備もとても大切です。そこで、山に入る前には次の3点の準備をしっかりしておきましょう。

  • 登山届・位置共有アプリ・GPS端末の活用
  • 反射材・ライト・カラフルな装備
  • スマホは満充電
  • 防寒具、雨衣(できればツェルトなど)

まとめ:ヘリ救助の現場を知れば「助かる確率」が上がる

ここまで、山で遭難した場合に救助を要請するために知っておくべきことについて説明してきました。改めて、次の点に注意しながら登山や山歩きを楽しんでもらえればと思います。

  • 救助の仕組みを知っておく
  • “動かない・知らせる・目立つ”
  • 救助員の指示をよく聞く

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ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。震災や林野火災など多数の災害派遣に出動。|その後、消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として10年以上にわたり山岳救助や空中消火活動に従事。|次いで2年間、地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。|現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。|【保有資格】防災士・事業用操縦士(回転翼機+飛行機)・航空無線通信士・乙種第4類危険物取扱者・他| ■記事に登場する「わからんこ」や「ちびもげら」って誰? ■キャラクター紹介はこちら
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