消防防災ヘリと現場の実態

防災ヘリの現場から【第2部】助けが来るとは限らない─消防防災ヘリ出動条件と4つの限界

山で怪我をしたら、いつでもどこでもヘリコプターで助けに来てくれるんでしょ?心強いよね。

たしかに多くの人々にとって大変心強い存在かもしれません。けれど実際には、すぐに助けてもらえるわけではないし、多くの制約があるのも事実です。
こうしたことを踏まえ、登山を楽しむ人々自らの備えも万全にしていただきたいのです。

この記事を読めば、消防・防災ヘリの制約と、山を楽しむ場合の備えを知ることができます。

はじめに

シリーズでお送りしている「防災ヘリの現場から」の【第2部】では、防災ヘリの出動条件や通報の仕方、救助の実態と限界について、空から現場を支えてきた経験をもとに解説します。

第1部はこちら:
防災ヘリの現場から【第1部】道迷いが招く低山の遭難─絶対にしてはいけない行動とは?

都道府県の消防防災ヘリコプター

まずは「消防防災ヘリコプター」について、改めて紹介します。
筆者も某県の防災ヘリコプターの機長として長らく乗務してきました。

全国の整備状況

多くの都道府県(沖縄県を除く)は、市町村の消防を支援するための「消防防災ヘリコプター」を保有しており、山岳での遭難者救助を始め、林野火災などに対する空中消火を行っています。

(図:全国の消防・防災ヘリの配備状況)

全国航空消防防災協議会のホームページより、全国の防災ヘリ配備状況
全国航空消防防災協議会HPより

これら消防・防災ヘリはどういうときに出場するのでしょうか。

怪我をした人が、消防防災航空隊に電話してヘリで助けに来てもらうように依頼するんでしょ?

違います。要救助者が直接救助ヘリを要請することはできません。

消防・防災ヘリが出場するのは、「市町村消防に対する支援」をするときです。
どういうことか。
次にその仕組を説明します。

市町村の消防に関する責任

多くの人々は普段はあまり意識しないことですが、地域の「消防」は市町村が責任を負っています(消防組織法第6条)。

(市町村の消防に関する責任)
第6条 市町村は、当該市町村の区域における消防を十分に果たすべき責任を有する。

そうはいっても、市町村の消防力だけでは対応できない事案もあります。例えば登山者が山中で怪我をして歩けなくなった場合。

これを地上隊だけで対応するには大変な時間と困難を伴います。傷病の状態によっては、この時間が生死を分けることもあります。

そんなときこそ、消防防災ヘリの出番です。

このように市町村自らの消防力だけで対応できない場合に、都道府県に対して消防防災ヘリによる支援を要請するのです。

消防防災ヘリ出場までの流れ

例えば、山岳地で怪我などをして動けなくなった例に沿って、消防・防災ヘリが出場するまでの流れを紹介します。

山岳地で怪我などをして動けなくなった例に沿って、消防・防災ヘリが出場するまでの流れ
  1. 要救助者または事故発生を知った別の人が119番に通報
  2. 当地を管轄する消防本部の通信指令室に繋がる
  3. 通信指令室で、発災場所や怪我の状況などを聞き取る
  4. 地上隊だけでは対応出来ないと判断すると、通信指令室から都道府県の消防防災航空隊に出場を要請
  5. 消防防災航空隊で、天候その他の状況を確認し、出場可能と判断すれば離陸
ホイストで要救助者を釣り上げる防災ヘリ

都道府県によって多少の違いはありますが、概ねこのような流れで出場に至ります。
なお、消防ヘリを自ら運用している市消防局においてはヘリの「要請」ではなく、「出場指令」となります。

参考:警察の場合は?

もし遭難者が110番通報で救助を求めた場合で、地上隊だけで対応不能と判断されれば、当地を管轄する警察署が警察のヘリを要請します。

通報者がヘリを直接要請する枠組みはない

というわけで、ここまで読んでくれば分かる通り、通報者が自ら「消防防災ヘリ/県警ヘリによる救助を要請する」ことはできません

ヘリコプターの限界

救助ヘリコプタには様々な限界、制約事項があります。これら制約は救助される側としては把握しておいて損はないでしょう。

要救助者は目で捜索する

要救助者のいる場所に機械で誘導してもらえるわけではありません。通報者が詳細な位置を緯度経度で通報してきた場合はGPSで特定できますが、そうでない場合、例えば連絡の取れなくなった行方不明者を捜索する場合は、広大な範囲をクルーの目で探すという、とてもアナログな方法に頼らざるを得ません。

ココヘリ」を導入している場合はある程度の位置までは特定できますが、それにしたって最終的には人間の目で捜索します。

だから立木の下など遮蔽物があればヘリに発見してもらえませんし、暗い色の服装では発見が困難になります。

日没後は活動しない

ヘリコプターによる救助が可能なのは日中、つまり太陽が出ている時間だけ。

日没後はヘリによる捜索救助はできません。多くの航空隊では日没前に活動を切り上げて現場を離脱するように内規を定めています。それは夜間は山岳地は障害物(例:送電線など)が視認できなくて大変危険だからで、二次災害防止のためです。

天気が悪いと活動できない

雨が降ったら飛べないの?

多少の雨なら大丈夫です。
問題は、「視程」(空気の透明度)です。詳しく説明しますね。

雲が低かったり、雨・雪・もやで視程(空気の透明度)が悪ければヘリは活動できません。防災ヘリ(県警ヘリも)は「有視界飛行方式」といって目視で外景を見ながら飛行するからです。

悪天候をついて運航すれば事故の危険性があるからですね。二次災害は絶対に防がなくてはなりませんから。

こちらもごらんください:
山岳救助Q&A|防災ヘリのプロが徹底解説!

活動可能時間に限界がある

燃料の限界があるため、捜索と救助に費やせる時間にも自ずと限界があります。

その時間は搭載燃料や基地から現場までの距離、その他多くの条件によって大きく差がありますが、何時間も現場に滞在できるということはありません。
現場で活動できる時間は、だいたい数十分から1時間などが一般的なところです。

さらに、天候の悪化や日没までの残時間という制約が加算されます。なお、燃料を増やして活動可能時間を延伸しようとすると、重くなるのでそれ自体がリスクになります。

119番と110番の違い

都道府県警察航空隊も山岳救助を行う

救助を要請するときって、119番?それとも110番?
どっちが良いの?

どちらでもほとんどの場合大差ありません。ただし、怪我をしていたら基本的には119番に通報した方が良いかもしれませんね。防災ヘリには救助・救急のプロである消防吏員が乗務しているからです。

もちろん、110番でも救助はしてもらえます

なお、いずれかに通報しても、警察航空隊と防災航空隊は情報共有をすることが多いため、一方が諸般の事情で対応できないとなれば他方に任務を受け持ってもらうことがあります。

救助ヘリの特性を踏まえてどう備えるか

さて、以上を踏まえ、登山をするにあたってはどんな備えをしておくべきでしょうか。
以下にいくつかの方法を提案します。

不測の事態に備えて非常食を準備

防災ヘリの現場から【第3部】命を守る登山準備──道迷い・遭難を防ぐ7つの備え」でも詳しく述べますが、非常食と非常用飲料水を準備しておきましょう。遭難したからといって、必ずヘリが助けに来てくれるとは限りません。救助まで時間がかかることも想定に入れておくことが重要です。

目立つ服装を

遭難時、発見されやすくするため目立つ服装を選ぶことも大事です。

登山のときは目立つ服装を
登山のときは目立つ服装を

また、救助機関では要救助者などの捜索と特定に際して服装をすごく重視するので、そういう意味でも関係者の印象に残りやすい服装としておくことも「救助されやすさ」の観点からは重要です。

これは経験上、本当に大事だと断言できます。

晴れた日中ですら、立木の下や谷底の暗いところは、日向の明るくなっているところとの明暗の差=コントラストが大きいと、暗い色の服装では見えにくいです。

間違っても、迷彩服など着て登山しないようにお願いしますね。 

登山には適した服装を。迷彩服など着て登山しないようにお願いします
こんな格好で山登りをする人はいないと思いますが…

スマホGPSや登山アプリの使用がカギ

道に迷わないようにしたり、怪我をしないように行動に余裕を持つということが最も重要なのは言うまでもないことですが、万一に備えて自分の位置を把握し通報できるように準備しておくこともまた重要です。

万一怪我などをして行動不能になったときは、こうしたアプリに表示されている「緯度経度」を救助機関に伝えれば、通信指令室を通じてその情報が防災ヘリに伝達されます。

以下に、便利なアプリを紹介するので、インストールして山行前に使用方法を確認しておけば、いざというときの強い味方になるでしょう。

Geographica(ジオグラフィカ)

Geographicaはキャッシュ型オフラインGPSアプリで、ネットが使用できないところでも携帯電話が圏外でも携帯型GPSとして現在位置を把握できる現在位置を把握するために使用します。

「キャッシュ」というのは、ネットを使って読み込んだページの一部をスマホやPC内に記憶させておいて、次回の表示速度を速くするための仕組みです。これにより、ネットが使用できない場所でも地図データを表示できるようになります。自宅を出発する前に予習としてスマホで行程確認をしておけばそれによってキャッシュを蓄積できますから、山行中に地図として利用できます。

iOS版:Geographica
android版:Geographica

YAMAP

YAMAPも、ネットの繋がらない場所でもGPSが使用できれば現在位置を把握できます。
無料版と有料版があり、いずれも山行前に地図をダウンロードしておく必要があります。無料版でも登山地図をダウンロードして閲覧することができますが、一度にスマホ内に保存しておける地図は2枚までという制限があります。

iOS版:YAMAP
android版:YAMAP

おわりに

以上で、消防防災ヘリの出場の仕組みと、その限界についてご理解いただけたと思います。これを踏まえて安全な登山を楽しんでください。

次回はいよいよ、登山時に必要な備えと、命を守る装備・行動のポイントについてお話しします。

続きはこちら:
防災ヘリの現場から【第3部】命を守る登山準備──道迷い・遭難を防ぐ7つの備え
元防災ヘリ機長が全てお答え!防災ヘリによる山岳救助の疑問と回答!

※当サイト内の一部画像は、いらすとや様より使用の許可をいただいた上でAIで生成した“いらすとや風”のイラストを使用しています。

ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。震災や林野火災など多数の災害派遣に出動。|その後、消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として10年以上にわたり山岳救助や空中消火活動に従事。|次いで2年間、地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。|現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。|【保有資格】防災士・事業用操縦士(回転翼機+飛行機)・航空無線通信士・乙種第4類危険物取扱者・他| ■記事に登場する「わからんこ」や「ちびもげら」って誰? ■キャラクター紹介はこちら
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