防災ヘリ

防災ヘリの現場から【第1部】低山こそ危ない?道迷いから学ぶ登山の心得

はじめに

「山の事故」と聞くと、断崖絶壁や雪山の遭難を思い浮かべるかもしれません。ですが、実際に最も多いのは、アクセスの良い“低山”での遭難です。特に多い原因は「道迷い」。警察庁の統計によれば、令和5年の山岳遭難のうち、道迷いが33.7%を占めており、最も多い原因となっています。

そして遭難者の半数以上が中高年層です。

登山は素晴らしい趣味ですが、楽しみ続けるには安全な「帰還」が何より大切です。

私は防災ヘリの操縦士として何度も山岳遭難に出動してきましたが、肌感覚では多くが似通ったパターンで遭難しているように見えました。

防災ヘリの現場から」と題してシリーズでお伝えする【第1部】では、こうした経験を踏まえ、山岳遭難の現状や“道迷い”の実態、そして道に迷ったときの正しい対処法について、現場の視点からお話しします。

登山ブームと増える山岳遭難

近年は「登山ブーム」と言われて久しいですが、ユーザー数が400万人を超える、登山情報を提供するスマートフォンアプリやウェブサイト「YAMAP」が発表したところによると、令和6年のGWでは前年比で登山者数は16.2%増加して17.5万人が登山をしたとのことで、「登山ブーム」を裏付ける数値となっています。特に低山の人気が高いのが最近の特徴です。

登山者の増加に伴い、遭難者も徐々に増えています。

山岳遭難社数の推移
警察庁統計資料より作成

その中でも、60代以上の高齢者による遭難が目立ちます。

年齢層別山岳遭難者数
警察庁統計資料より作成

警察庁統計によると60歳以上の遭難者が50.3%を占めています

我が国の人口構成は高齢化が進んでいるのは確かですが、2023年時点で同じ60歳以上が国内人口に占める割合は35%なので、この60代の遭難件数は単純に人口が多いからということでは片付けられません。

国内在住者の年齢構成(令和5年)
統計局人口推計より作成

数多くの遭難事案を見てきた筆者自身の実体験からも、確かに近年は男女かかわらず高齢者の遭難が多いと感じています。ここには、定年後の趣味として登山をする姿が見えてきます。

そして山岳遭難の態様で最も多いのが「道迷い」で、次いで滑落や転倒による負傷です。

態様別山岳遭難者数とその推移
警察庁統計より作成

無論、登山が健康に良いのは議論のないところでしょう。だから私は「危ないから近づくな」という気は毛頭ありません。今登山を楽しんでいる方々は引き続き存分に楽しめばいいと思いますが、やはり遭難事故は起こしてほしくありません。

そこで、数多くの山岳遭難の現場を見てきた立場から、読者の皆様がちゃんと自分の足で下山して無事に帰宅できることを心から願ってこの記事を書くことにしたのです。

低山こそ多い「道迷い」

低山は、自宅から近くアクセスが良いので準備不足でもある程度登れてしまうという特徴があります。だから山歩きを楽しむ人々が多く、それに伴い遭難者が増えているものと考えられます。

高い山は樹林の高さも低く見通しが良く、かつ道がしっかりしていて、分岐点には道案内の道標が立っている一方、低山は樹林が深く見通しは効きませんし、しかも登山とは関係のない、林業や鉄塔作業のための色付きテープが木の枝に結びつけてあったりして道標と見間違えやすいことなどから、より道を間違えやすい特徴があリます。

道迷いが怪我につながる心理

「ちょっと散歩気分」で入山し、道に迷うということは十分ありえます。

そして思いがけず道に迷った挙げ句、焦りと疲労から転倒、滑落するパターンが多いです。

筆者自身の経験

実は、筆者自身も以前自宅付近の低山(標高数百m程度)の山歩きで道に迷ったことがあります。それも複数回。だから道に迷ったときの焦る気持ちは痛いほど分かります。十分事前の予習をしたつもりでしたが、結果として地図の読み込みと地形判読が不足していました。

しかしいずれの場合でも最終的には自分が道に迷ったことを素直に認め、自分が焦っていることも自覚できたので冷静さを取り戻し、どうにか登山道に復帰できたため何事もなく帰宅できました。

が、焦っていた時の自分の心理状態を思い出すと、注意力散漫なまま彷徨って、よく怪我をしなかったなあと改めてゾッとするのです。

道に迷ったとき絶対にやってはいけない遭難の引き金とは

山で道に迷った人は、「下っていけばいつか文明に出られる」と思って、とにかく標高を下げようとします
その気持ちはとても理解できます。なぜなら、私もかつてそれをやったからです。しかしもうこの時点で冷静を失いつつあるため、それ自体が転倒や滑落のリスクになります。

ちなみに、標高を下げるという考え方はある意味では正しいのですが、それが通じるのは空を飛べる場合だけ。人間は地面に沿ってしか移動できません。そして標高を下げるというのは谷へ向かうということ。谷=沢なので、結局は沢に行き当たります。谷に行き当たった後、そこからさらに下るには沢に沿って下るしかありませんが、沢など普通は歩けません。

国土地理院地形図から作成

それでも無理やり沢を下ろうとすれば、それ自体が転倒の危険があります。そして大抵の場合、沢を下っていくとどこかで滝に出くわして先に進めなくなります。

沢に出てもこれを下っていくのは危険を伴う
沢を下っていくのは危険を伴う

もうその頃には、時間と体力を使い果たし、元の道に戻ることもできなくなります。この時点でパニックに陥り無理やり滝を降りようとして怪我をして、完全に行動不能に陥ります。しかも全身を濡らして低体温症。こうしてますます自らを追い込んでしまうのです。

道に迷っても、絶対に沢に下ろうとしてはいけません。体力のあるうちにもと来た道を引き返してください。もと来た道が分からなかったら尾根に登り返してください。

救助する立場からの実体験

「道迷い」+「怪我」というキーワードで捜索救助要請があったとき、筆者は谷筋から重点的に捜索をしたものです。するとやはり上に述べたような典型的なパターンで谷底で動けなくなっている要救助者を発見することが多かったです。

なお、そういう場合は両側を挟まれた狭くて深い谷底でホバリングをすることになり、難しく危険な救助になります。

おわりに

続きの記事では、防災ヘリの出動の仕組みや、もしものときの通報・救助の流れについて詳しくご紹介します。

▶続きはこちら:防災ヘリの現場から【第2部】救助は空から? 防災ヘリの出動条件と限界を知ろう

ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。その間、震災や林野火災など数多くの災害派遣に出動。その後消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として、10年以上にわたり山岳救助、空中消火活動などに従事。 次いで2年間地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。 現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。 【保有資格】 ・防災士 ・事業用操縦士(回転翼機+飛行機) ・航空無線通信士 ・乙種第4類危険物取扱者 ・他