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【防災本レビュー】「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から(中村富士美)

どうも!もげら47です!
自衛隊で15年、防災航空隊で10年、自治体の防災課で2年、と防災一筋でやってきた防災士です。

山に登るなら、知っておいてほしい一冊

「おかえり」と言える、その日までー山岳遭難捜索の現場からー【電子書籍】[ 中村富士美 ]

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感想(1件)

「登山が趣味です」と話す人は多くいますが、「登山で帰ってこられなかった人」の話になると、急に遠い世界のように感じられてしまいます。

しかし現実には、山に登ったまま行方不明になる人が、毎年少なからず存在します。
それがニュースとして報じられるとは限らず、知られないまま山で命を落とした人は、報道されるよりもずっと多いのです。

今回ご紹介する「『おかえり』といえる、その日まで」は、そうした「報じられなかった遭難者たち」の記録であり、彼らを探し続けた著者の静かな闘いの記録でもあります。

書籍情報

  • 書 名:「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から
  • 著 者:中村 富士美
  • 出版社:‎新潮社
  • 発売日:2023/4/13

最後の砦として――民間捜索チームLiSSの活動

著者・中村富士美さんは、山岳遭難捜索チーム「LiSS(リス)」の代表を務めています。
このチームは、警察や消防による公的な捜索が打ち切られた後に活動を開始し、行方不明者を探し出す民間団体です。

驚くのは、中村さんがもともと登山とは無縁の看護師だったということです。
遭難した知人をきっかけに捜索の現場に関わるようになり、独学で山岳知識や捜索技術を学び、やがてプロファイリングと実地捜索を組み合わせて、数々の発見へとつなげていきました。

本書では、そうした実例がいくつか紹介されています。
読み進めるうちに、「人を見つけるとはどういうことか」が、静かに、しかし深く伝わってきます。

遭難には、性格が出る

特に印象に残ったのは、中村さんの捜索方法が単なる作業ではなく、人間理解の積み重ねであるという点です。

遭難者の持ち物、家族からの証言、過去の行動傾向など、一つひとつの情報をもとに「この人だったら、きっとこう動くはずだ」という仮説を立て、現地での検証を何度も繰り返す中で、発見につなげていきます。(ちなみにこの過程は不謹慎ながら「推理小説」のような読み応えもあるのが本書の特徴です。)

「遭難には性格が影響する」という中村さんの言葉には、重みがあります。
誰にでも起こり得る不注意が、たった一歩の誤りで命取りになることもあります。
それでも、遭難者たちはみな、「帰るつもり」でいたのです。

生きている人を探すということ(防災航空隊の立場から)

私は防災航空隊での勤務中に、山岳での遭難者捜索には何度も関わってきました。
捜索はあくまでも、生存を前提に行われます。
助けを求めている人を少しでも早く見つけ出すため、地上からは消防隊、消防団そして警察官が、私たちは上空からヘリで、それはもう必死に探し続けます。

山岳遭難 道迷い

あわせて読みたい:
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そんなふうにして何日も探し回った挙げ句ようやく発見できたときの静かな興奮は今でも忘れられません。「見つけた」ではなく、「いてくれた」と思えるような安堵が広がる瞬間です。

一方で、何日も繰り返し捜索しても手がかりが得られず、やむを得ず捜索を打ち切ったこともあります。救助機関としては他事案の対応などもあり永久に捜索を継続し続けるわけには行かないからです。

だからこそ、本書に描かれているような「諦めない捜索」の姿勢には、強く心を動かされました。LISSが発見した時点では遭難者は遺体となっているわけですが、残された家族に寄り添う気持ちが強く感じられ心を揺さぶられました。

あなた自身と、家族のために――「帰る準備」をしてから山へ

遭難して命を落とした方々は、決して「死ぬつもりで山に入った」わけではありません。
皆、言うまでもなく「帰るつもり」でいたはずです。

だからこそ、登山届を提出する、行動予定を家族に伝えておく――
そういった準備は、万が一のためだけでなく、
「帰るつもりだった自分を、ちゃんと帰らせてあげるため」の備えでもあると、本書を読んで強く再認識しました。

それは、自分自身のためであり、家族のためでもあり、そして捜索に関わる人たちのためでもあります。

まとめ:この本は、山好きなあなたにこそ読んでほしい

本書は、山で命を落とした人の数だけ、家族の痛みがあり、探し続けた人たちの時間があることを教えてくれます。

登山が好きな人には特に(もちろんそうでない人も)ぜひ読んでいただきたいと思います。
「もしものとき」に備えることは、決して無駄にはなりません。
それは、大切な人に「おかえり」と言わせてあげるための、優しさなのです。

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ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。その間、震災や林野火災など数多くの災害派遣に出動。その後消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として、10年以上にわたり山岳救助、空中消火活動などに従事。 次いで2年間地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。 現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。 【保有資格】 ・防災士 ・事業用操縦士(回転翼機+飛行機) ・航空無線通信士 ・乙種第4類危険物取扱者 ・他
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