基本知識

ダウンウォッシュとは?―ヘリコプターの下で起きている“見えない嵐”を解説

ヘリが上空でホバリングした瞬間、地上では“台風並みの風”が吹き荒れます。これがダウンウォッシュ――ヘリコプターのメインローターが生み出す強烈な下降気流のことです。

メインローターって?あのプロペラのこと?

「プロペラ」は飛行機の推進力を生み出すための装置です。
ヘリの場合はその回転翼のことを「ローター」って言います。重量を支えるための回転翼のことを「メインローター」というのです。
プロペラ、じゃありません。

冒頭の写真ではヘリの下で水煙が上がっているのが分かると思いますが、これは霧ではなく、ダウンウォッシュによるものです。

今回は、そんなヘリコプターが巻き起こす強風、ダウンウォッシュについて私の実体験も踏まえながらその危険性や回避の仕方について解説します。

ダウンウォッシュはなぜ発生するのか

ヘリが空中に浮かぶ代償として、その「ローター」で大量の空気を下に押し下げ続ける必要があるのです。重量物がタダで宙に浮かぶことはできません。つまり、ダウンウォッシュはヘリが空中に浮かぶためには不可避な現象なのです。

地面に衝突したダウンウォッシュは、地面に沿って周囲に同心円状に広がります。また、風があれば風下に流れるため、風下では余計に強くなる特性があります。

この風の強さは多くの場合台風のような強風が吹き荒れると思ってください。機種によっては、真下付近で風速20~30m/s(70〜100km/h)に達することもあります。

なおこれは一例で、実際の風の強さは、機体の重さや自然風などで大きく変わります。機体が重い場合や風下では強くなります。

さて、それではその強風に対し、地上の人々としてはどんな場面でどんなことに気をつければ良いのでしょうか。
次にそれを見ていきましょう。

ヘリが近づいたらどうする?要救助者が守るべき行動4選

不幸にして「要救助者」としてヘリに接する機会が訪れた場合を想定し、ダウンウォッシュに対する心構えを4つ、ご紹介します。

救助ヘリが見えた瞬間、「助かった!」と安心してついヘリに近づこうとする人がいますが、皆様が思うよりずっとダウンウォッシュによる影響は大きいのです。
ダウンウォッシュの影響を最小限にするには、次を覚えておきましょう。

  1. むやみに近づかない
    救助機関は要救助者を始めとする一般の人々に対し、ダウンウォッシュによる危害を与えないよう、意図して狙った場所でホバリングをします。
  2. しゃがむ・顔を覆う・荷物を押さえる
    姿勢を低くしてバランスを崩さないようにしましょう。また、自分の手荷物などが吹き飛ばされないように手で抑えてください。木の枝が折れて落ちてくることもあるので、周囲をよく見ているとよいです。
  3. 目を保護する
    砂塵が舞いそうなところでは目に入る危険があります。
  4. 救助員の指示に従う
    ヘリの近くでは強風と騒音で会話は成立しません。だから救助員は身振り手振りで合図を送ってくることがあります。場合によっては拡声器で呼びかけることもあります。そういった指示に従いましょう。ダウンウォッシュによる危害予防のための重要な指示かも知れません。

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実際に起きたダウンウォッシュによる不安全事例【現場から学ぶ教訓】

現場では、ダウンウォッシュを原因として大小さまざまなトラブルが起きています。
以下、私自身が体験、または他組織で発生したダウンウォッシュに起因する様々な不安全事例を紹介します。

事例1 ダウンウォッシュでサッカーゴールが倒れて自動車に衝突

私が自衛隊でCH-47、通称”チヌーク”に乗務していた頃の話です。CH-47は普通の運航形態でも15~20tくらい。大型ダンプに羽をつけて飛んでいるようなものですから、発生するダウンウォッシュも強烈です。

大型輸送ヘリCH-47 通称”チヌーク”。発生するダウンウォッシュは非常に強烈

同じ飛行隊の某機長の操縦するCH-47が、あるサッカーグラウンドに着陸する際、立ててあったサッカーゴールがダウンウォッシュでコートの外側に向かって倒れ、たまたますぐそばに駐車してあった乗用車の窓に激突、窓は粉々に割れてしまいました。

ヘリのダウンウォッシュでサッカーゴールがコート外側に転倒
注:写真はイメージで、実際に倒れたサッカーゴールではありません

風を受けやすい形でもないし、それも普通倒れにくいと思われる後ろ向きに倒れることなど予想していなかったのですが、それでも実際に発生してしまいました。

事例2 救急引き継ぎの着陸時に小石が飛散し通行中の車両に傷

それは2013年8月、私が消防防災航空隊に勤務し始めて間もない頃の話です。ある山奥でオートバイの単独事故が発生、けが人の搬送要請がありました。

指定された場外離着陸場は表面が荒れており、多数の小石が浮いている状況でした(が、それを知ったのは着陸後でした)。着陸した際、無数の小石がそれこそ機関銃のように周囲に飛散し、折悪しく、すぐそば車道を通りかかった乗用車に衝突。

結果、その乗用車を傷だらけにしてしまったのです。場外進入前に十分に周囲の状況を偵察をしていれば乗用車の接近が予期できたのにと悔やまれる事案でした。

事例3 ライブ会場でヘリのダウンウォッシュによってテントが倒壊し2名負傷

これは全国ニュースにもなったのでご存じの方も多いのではないでしょうか。

2015年8月、富士山麓にて開催されたとある有名スターのライブで、氏がヘリコプターに乗って登場した際、ホバリングしたヘリのダウンウォッシュで救護用テント2張が倒壊、中にいた女性看護師2名が軽傷を負いました。

事例4 乾燥した場外で視界が奪われる

ダウンウォッシュによって砂が舞い上がり、視界が奪われることもあります。

私が副操縦士として経験した例を2つ、ご紹介します。

下の写真はある夏の日、救急の引き継ぎのため某小学校の校庭に着陸したときの模様です。よく晴れて気温も高かったため、地上隊による散水が全く効果をなさずご覧の通りひどいことになりました。

凄まじい砂塵を巻き上げる校庭。真夏に散水しても意味がない(筆者撮影)。

下の写真は、春先の林野火災に伴う空中消火活動のために着陸した場外離着陸場での模様です。

ダウンウォッシュのため、離着陸やホバリングをする現場では砂や小石が舞い上がり、視界が奪われる
ヘリの巻き起こす強風で砂塵が舞い、地上支援員も見えなくなる(筆者撮影)

こちらも晴れて乾燥した日でグラウンドはすっかり乾燥しており、地上消防隊は砂塵防止のためタンク車で頑張って散水してくれたのですが、水を掛けるそばから乾いていくため全く効果がなく、ご覧の通り砂塵ですっかり視界が奪われてしまいました。

画面中央に黒く見えている影はタンク車と地上支援員の2名です。

このように砂塵で視界が失われる状況を「Brownout」といって、操縦ができなくなる危険があります。が、このときはどうにか事なきを得ました。

事例5 巻き上がったブルーシートがローターに巻き付き機体損傷

また、軽量な物品が飛散し、最悪の場合ローターに巻き込まれる危険もあります。
防災ヘリではないのですが、例えば、平成20年10月、場外離着陸場の付近においてあったブルーシートが着陸しつつあったヘリコプターのダウンウォッシュによって舞い上がり、メインローターに巻き込まれ機体が損傷することもありました。

写真出典:航空事故調査報告書 AA2009-9-2-JA6117

写真からはテールブームが下向きにひしゃげてしまっているのが分かります。

こうした事例の共通点は、「風の力を侮っていた」ことです。
見えない風のエネルギーが及ぼす影響は決して馬鹿にできません。

事例6 ダウンウォッシュで発生した落石が要救助者に当たって死亡

平成29年5月、県警ヘリが山梨県丹波山村内の山中で救助活動中、要救助者に接近した際、ダウンウォッシュにより木の枝が折れ、落石が発生し、それらの一部が急斜面を転がって地上の要救助者及び救助関係者に当たりました。

これにより、要救助者1名が死亡、救助関係者3名が軽傷を負いました。

航空事故調査報告書 AA2018-9-1-JA110Y

事例7 防災ヘリのダウンウォッシュで折れた立ち木により骨折

令和7年10月、日光市で行方不明者を捜索している最中、ホバリングによって発生したダウンウォッシュにより飛散した木が、やはり地上で捜索に加わっていた関係者1名(60代男性)に衝突しました。

その男性は木が衝突した後も捜索を継続し、翌日になっても痛みが引かないため受診したところ、第4頚椎椎弓骨折と診断されたとのこと。

県消防防災ヘリコプター山岳救助時における負傷事故発生について

防災訓練では要注意!ダウンウォッシュ対策と安全管理の5つのポイント

この強風による影響は、災害現場だけの話ではありません。

次は、本稿をお読みいただいているあなたがもし防災訓練を企画する立場だったら、として注意点を紹介します。

確かに、防災訓練で消防防災ヘリを呼べば、マンネリ化しやすい防災訓練に変化をつけられるし、見学者にとっては貴重な体験になりますが、ここまで紹介してきたようなリスクがあることを忘れてはいけません。

防災訓練でヘリを呼ぶ場合の安全管理のポイントは、次の5つです:

  1. 安全距離の確保
    具体的な距離は風向きやヘリのホバリング高度によって変わりますが、見学者は50~100m程度は離しておいたほうが無難です。
    これは単に風に当たらないようにというよりは、砂塵や小石、その他の物品が飛んでくることによる危害を防止するため。風よりも飛散物が危険というわけです。
  2. 飛散物対策
    防災訓練といえばテント。距離を確保したとしても飛ぶときは飛びます。テントは本当に吹き飛びやすいので、ヘリを呼んで着陸や低空でのホバリングをさせるのであれば一切ないことが理想です。ペグダウンとかオモリを付けるくらいでははっきり言って手ぬるいです。
  3. 誘導員の配置とアナウンス
    見学者が不用意に近づかないよう誘導員を配置し、そして携行物が吹き飛ばされないようしつこいくらい注意喚起しましょう。
  4. 事前の風向き確認
    上に述べたようにダウンウォッシュは風で流れます。風下は特に要注意です。
  5. 立入禁止表示の明確化
    立ち入り禁止区域はテープやカラーコーンで視覚的に区切っておきましょう。

ヘリを呼ぶのであればそれなりの準備が必要です。

事故があってから後悔してももう手遅れ。

もし事故があれば真っ先に運航者(機長)が責任を取ることになりますが、もちろん、過失の度合いを考慮し企画者も責任を按分することになるので、準備は入念に行いましょう。

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まとめ:ダウンウォッシュを知ることは、命を守る行動につながる

ダウンウォッシュは、ヘリコプターが空中に浮かぶためには不可避な現象です。
その風があるからこそ、ヘリは救助のため空中で停止して、命をつなぐことができます。

しかし、同時にそれは地上に強烈な力を及ぼす危険な風でもあります。
要救助者は自分の安全を守るために、防災担当者は事故を防ぐために—
見えない風を理解すること。それこそが、命を守る第一歩です。

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ABOUT ME
もげら47
自衛隊で大型輸送ヘリの機長として15年勤務。震災や林野火災など多数の災害派遣に出動。|その後、消防防災航空隊に転職し、消防防災ヘリの機長として10年以上にわたり山岳救助や空中消火活動に従事。|次いで2年間、地方自治体の防災課で防災関連の事務事業を推進するなど、防災一筋の人生。|現在はこうした経験を活かし、防災士ブロガーとして防災関連の情報を発信しています。|【保有資格】防災士・事業用操縦士(回転翼機+飛行機)・航空無線通信士・乙種第4類危険物取扱者・他| ■記事に登場する「わからんこ」や「ちびもげら」って誰? ■キャラクター紹介はこちら
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